O-RINGEN99(1999/7/26-30)レポート(4)

後半からアムステルダムでの観光です

7/29(木) 4日目

この日のスタートは全員が昼過ぎなので、ゆっくり起き、ゆっくり会場に向かいました。 調べたところ土曜日のアムステルダム行きには土曜日朝発の列車、バスとも間に合わない事がわかり、金曜日発の列車の切符を朝のうちに駅で買ってきた。

会場は再び2日目と同じ方向で30分くらいいったところ。地図の説明に 線路があるが渡って問題ないと書いてあり、実際にレース中2回わたりました。レース中は、列車を止めていたようです。実際、会場への参加者 を輸送する列車がほぼ一日動いている状態では、普通の列車運行は無理なのですが、すごいですね。日本では考えられない。

スタート地区のトイレにいったが、これはショックトイレのままだった。


初めてO-RINGENに行ったときには、行きたくなって入ったのに、ここを見たら出るものも出なくなったものです。全く仕切りなしですからね!!!


コースは6800mで一番長く、地図名は「Gagnefs- etappen」だった。6(364)から7(284)、8(282)から9(471)のロングレッグはどこを走るか 迷い結構めげた。そして、11(436)から12(171)では良く地図をみず余分な上り下りをしてしまった。しかし、全体に走れるコースではあった ので、4日目分では60位で合計59位に上がった。しかしながら、4日分のトップからの遅れは125分となり、チェイシングスタートは 惜しいところで逃してしまった。

前日あたりから、日本人参加者が結構狙いだしたのが、最終コントロール からゴールまでのラップで上位に入る事。OLが下手でも、ここだけは狙える。SportsIdentのおかげです。わたしも、この日、遂に2位を取り ました。1位はオーストリアの人間がトップ。結局5日ともトップを取っており、2位とはいつも差がありました。そこそこのOLの腕はある ようですが、きっとラストラップ狙いをしていたのだと思います。ちなみに東北大OBのA君も狙っており、H21の最終ラップで1位を取りました。

宿舎に戻ったあと、体育館のプールで泳ぎ、Oシューズを購入。SILVAの VICTORY-TXRというモデルだ。今までのものとまるで色使いが違い黒+茶+黄色でチェコ製だった。最近はほとんどドブスパイク付きに なっているようだったが、この靴はスパイクなしのものだ。また、逆に長いスパイクのものも売っていなかった。だいぶ傾向が変ってきたようだ。


右のものが新しい靴です

レストランAkroporisにて


そして、この日が夕食を食べる最終日ということで、Aさん、Nさんと 町にでてアクロポリスというギリシャ料理とSWEDEN料理の店で食事した。オープンテラスの席についてメニューを見ていたら、近くの 席の人がきて、これだこれだとメニューを勧めてくれた。16種の料理がでてくるコースだった。他のも見たのち、結局お勧め料理に決定、ワイン と食べた。薄いビールばかり飲んでいたせいか、普通のビールが良くまわる。料理はなかなかのボリュームで最後のあたりはもてあまし気味 であったが、なかなか美味しかった。戻ったあと、今日行かなかった人に勧めた。

7/30(金) 5日目

いよいよ5日目、今日はセンター会場から歩いて30分程度のところが会場になっている。

当クラブのWさん夫婦はふたりともチェイシングに入ったが他の4人は みんな駄目。ただし、最終日はクラス毎にスタート時間がかなりずれているので、みんな違う時間に会場にむかう。自分はとにかく今日出発する ので、シュラフやマットを畳み、ほぼパッキングを完成させて会場に向かった。朝食でも係りのおばちゃんにさよならを言ってきた。

コースは6860mで、地図名は「Borlange-etappen」 だった。チェイシングスタートの終わったあとの最初のスタートが自分だった。 同じころスタートに行った、H21の学生たちは何か時間を遅れたようで順次スタートしていった。係りから呼ばれてスタート枠に入る。 1(142)はひどい間違いはなかったがロスの多いルートをとってしまった。そして2(145)、最初の大ミス、非常にアタックしにくい場所で、走って いるうちに下ってしまい、道にでてそこから再アタック。5(155)、6(151)、7(124)と連続して現在地不明に陥り失敗。12(455)、13(497)も 細かいアタックミスをしてしまい、結果として1時間25分55秒で、最終日は61位で、全体としては59位を維持した。

ゴール後はシャワーを浴び、宿舎に戻り、荷物のパッキングを完成。 宿舎に人に出発することをつげて駅に向かう。駅ではHさん、Hさんと同じ部屋だったスイス人(それともイタリア人?)と一緒になり、成績の 事など話している内に列車が到着。列車はクーラーがなく日のあたる席だったので暑かった。

ストックホルムについて、来たときに泊ったホテルに行くと、部屋がとれた。ひと安心。

翌日は時刻表に広告のでていたアーランダエクスプレスで空港に 向かおうと乗り場を調べにいったが、どこからも入れない。良く広告を見たら秋から運行という事だった。行きにすぐ隣のホームにその黄色い 列車を見たのでてっきり運行していると思い込んでしまっていたのだ。

そして、町でPizzaHatでケバブを食べ夕食にした。

7/31(土)

アーランダエクスプレスがなかったのでバスで空港に入り、スキポール空港に向かった。スキポール空港着。オランダの観光情報を何も持って きていなかったので、まずアムステルダムに入るのに一苦労。地下鉄の場所はみつけたものの、切符の買い方が不明。自動販売機で買うのだが まず行き先の駅の番号をしらべてボタンを押し、さらに等級など何種類かの指定をして始めて切符がでてくる。切符が買えると、あとは改札も 車内でのチェックもなくアムステルダム駅に着いた。


空港-アムステルダム間の列車

そして、町の地図を買って、ホテルに向かった。ホテルはすぐに行けた のだが、ホテル内が迷路だった。受付したあと、なかなか自分の部屋にたどりつかない。昔からの建物をどんどんつないでできたようで、通路 がせまく複雑。しかし、やっと見つけた部屋はなかなかきれいで、シャワーだけでなくバスもしっかり広いものがあった。

あとは、1日の観光ということで、まずは運河観光の船に乗り一周。 そして、その後、町を歩いた。オープンテラスでは、みんな昼からハイネケンを飲んでいて、かなりのよっぱらいもいた。ストックホルム とくらべると、とにかく人が多く、人種も多様。エネルギッシュな町だ。新宿という感じがした。散々、町を歩き、広場でやっていた 「コソボに平和を」てな感じのコンサートも聞いて、夕食の店を探す。いくらでも店はあるのだが、注文の面倒臭くなさそうな所と思うと 迷ってしまった。そして、最後は駅に近いところにある店に入った。ハイネケンの500ccジョッキをとり、一皿になっている料理で 夕食にした。良くまわった。


運河観光船

「コソボに平和を」コンサート


8/1(日)

朝早く起き、町をチェックアウト時間ぎりぎりまで歩いた。美術館は時間がかかるので、アンネフランク記念館に行き、さらに公園など 昨日あるいていない道を歩きまわった。そして、昼にはスキポール空港に向かった。ちょっと観光には時間が短すぎました。


アンネ・フランク記念館

自転車をたたまずに乗れる車両



空港について軽く食事をして歩いていると、千葉OLKのI氏らしき 人を発見。たしかに、I氏でスイスの大会からの帰路だそうで、お互いに地図を見せ合い、飛行機を待つ。

乗る時間になりゲートに行くと、国連の平和維持部隊からの帰りの日本人がベレーをかぶって何人もいる。2回前のO-RINGENの時は、SWEDENの国連軍訓練施設が宿舎で、テレビで自衛隊が 訓練に来たのを見たり、なんだか国連軍と縁があるようだ。

8/2(月)

成田に着いた。やはり湿度が高い。 終わってしまった。

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