★WOC2005日本開催決定★

1.開催決定の知らせ
2.招致活動レポート
3.招致委員会よりのお礼
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白戸秀和です。
 オーストリアから4日午後11時30分に入った連絡によると、
4日のI
OF総会の結果、2005年の世界選手権の開催地が日本・愛知県
に決まりました。投票結果は日本19、ス9、ハ9。連盟100周
年記念とし
て、万全の体制で誘致を進めてきたスウェーデンを破った意義は大
きいでしょう。関係者のみなさま、長く苦しい準備おつかれさまで
した。
 スウェーデンのほかハンガリーが立候補しており、日本は世界選
手権の非欧州文化圏で初めての開催の重要性をアピール。IOFの
後押しもあり、順調に支持を広げていきました。また、4月のW杯
の競技面での成功も信認の向上に結びついたと思われます。参加国
の高負担問題と社会的認知度の低さが課題でしたが、誘致メンバー
の熱意が世界に広がり、弱点を克服したものだと思います。
 「自然との共生」をうたう愛知万博と同時開催することを軸に戦
略的な動きが始まりますが、今後は日本のオリエンティアが得意と
はいえない準備も求められるでしょう。
 いずれにせよ、オリエンテーリング界が転換期に差し掛かってい
る現状で、すばらしい刺激となることを期待しています。
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村越です
 昨日帰ってきました。ご承知のように2005年の愛知での世界選手権開催が決定
しました。長い間オリエンテーリングに携わり、また世界の舞台で走ってきたものと
して、信じられないような喜びです。これまで日本は、国際舞台の中でどちらかとい
うと受け身でした。今回のWOCに立候補し、さらにスウェーデンとハンガリーと競
り勝って、開催地を自らの手で勝ち取るという過程を通して、国際社会の中で責任を
果たしていく「大人」になれた(る)んだと思います。
 愛知だけでなく、日本全国のオリエンティアーの参加でこのイベントを成功に導い
ていきましょう。
落合氏をチーフとする愛知の招致チームはこの招致に向け、最大限の努力を果たして
きました。僕はその中でもっぱらコングレスでの招致活動に携わってきました。その
あたりをレポートします。
 8月1日にデンマークの合宿を離れて、オーストリアへ向かった。ウィーンの友人
に13年ぶりで再会して旧交を暖めた後、ライプニッツ(同じくオーストリアでウィ
ーンから電車で3時間)に向かった。IOF(国際オリエンテーリング連盟)に参加
するためである。IOFの総会は2年に一度開かれており、今回で20回目を数える
。1980年代までは日本も参加していたが、その後およそ10年のブランクがあっ
て、1996年から再び参加するようになった。
 1996年は僕一人、そして前回はWOC招致を表明する愛知からの落合君の二人
であったが、今年はその正式表明および決定のための投票ということで、JOAから
も5名の代表、WOCの運営者となる愛知より4人、また日本への各種国際会議招致
を援助しているJNTOとWOCを協賛する愛知万博より一人づつ、また応援団とし
て併設されるパークOに参加する3人という、合計14人という一大代表団となった。
 総会での招致活動と投票の話をするのに、そこまでにいたる経緯の説明は欠かせな
い。2年前に招致の意志を表明した時には、対抗馬はなしと思われていたところが、
昨年の秋になってスウェーデンが、また冬にはハンガリーが立候補するという事態と
なった。スウェーデンは言うまでもなくオリエンテーリングの発祥地、そして自他と
もに認めるオリエンテーリングの盟主である。またハンガリーはIOFの設立当初か
らの加盟国であり、すでに83年に世界選手権を開催、72年と91年・95年には
世界チャンピオンを出しているオリエンテーリングの強国である。近年にない激しい
開催地争いとなってしまった。
 IOFはことあるごとに世界への普及を、そしてそのために世界選手権を様々な地
域で開催する重要性を指摘する。その盟主たるスウェーデンがなぜ日本に対抗して?
総会当日の中島JOA副会長の演説にもあったように、愛知の落合氏をチーフとする
招致チーム全体が割り切れない思いであったことは確かである。スウェーデンなら技
術的にも社会環境的にも安心してWOCを任せることができる。テレインの質も保証
されている。しかもスウェーデンは、各国チームに対して無料の宿泊とスウェーデン
内での移動を約束してきた。ただでさえ物価高で悪評の高い日本である。しかも航空
券の値段は2倍では済まない。日本でのWOCを各国にとって経済的に負担の少ない
ものにし、魅力あるものにするための努力、それをアピールする活動がそれから始ま
った。
 過去の開催国にロビー活動の実績を問い合わせたり、JNTOのアドバイスと協力
によって各国のキーパーソンにコンタクトをとったり、万博とのタイアップやスポン
サーの援助、教育委員会の協力による安い宿舎の確保などがそれである。招致委員長
である落合氏や新帯氏をはじめとする愛知県協会の主要メンバーはそのために多くの
時間を費やした。東京の上田氏、毎日新聞(トータス)の白戸氏の協力も仰ぎ、最高
の条件をプレゼンテーションできるための準備が進められた。こうした熱意に動かさ
れ、JOAもようやく重い腰を上げた。紆余曲折はあったが、なんといっても理事で
あり森永の副社長でもある中島氏がオーストリアに来て基調演説をしてくれると聞い
た時には正直驚いた。
 オーストリアでも、PRのためのブースを設置し、それを見に来る各国の代表団に
日本での世界選手権の意義を説明したり、日本文化の紹介をした。WCに参加した選
手のコメントに始まり、日本文化の紹介やビデオ放映など、招致チームの新帯氏にき
めの細かいプレゼンテーションであった。これらの準備活動の詳しい内容は、いずれ
落合氏等からのレポートがあるだろう。
 特筆すべきは金井塚君(京大)の活躍である。彼は自ら名乗り出て7月のほぼ一月
をヨーロッパ各国のオリエンテーリング連盟の訪問にあてた。こうして、招致チーム
は、日本でのWOCができるだけ各国チームの負担にならないものであることをアピ
ールするとともに、日本でオリエンテーリングを開催する意義を各国に浸透させるこ
とに努めた。いくつかの連盟は、日本でWOCを開催することの重要性を主張する招
致チームの主張を聞いて即座に支持を表明してくれた。また支持はできない旨とする
連盟からは、日本でのWOCの弱点がどこにあるかを認識することができた。
 今回の遠征中も、WCでは各国の選手のコメントを聞いていると、「理念的には日
本での開催は大事だよね。でもスウェーデンは近いし(うちから車で2時間半だよ:
ホーカン談)、メディアの取り上げ方も、スポンサーの付き方も違うし(それはセル
フィッシュ・リーズンだけどね:ユハ談)」と言った反応がほとんどである。このこ
ろは正直ちょっと厳しいかなという気がしてきた。直接コングレスで投票にあたる各
国連盟首脳の反応は概ね3つに分かれる。「理念は分かる。全くその通りだ。うちは
日本を指示するよ」。非北欧のチーフを自覚するスイスはその典型である。また対抗
勢力を自認するロシアもそうだった。IOFの理事を出しているポルトガルなどもこ
の部類である。オーストラリアやニュージーランド、アメリカ、カナダなども理念に
は賛同してくれる。彼らは非ヨーロッパの同士であるとか、実際に日本の方が渡航の
コストが安いといった実利面でも日本での開催を支持してくれたものと思われる。カ
ナダやニュージーランド、南ア等はもともと代表団を送る予定がなかったものを、招
致チームのリクエストに応えて、併設のパークOに参加していた選手を代表団として
認定し、日本に投票する手はずを整えてくれた。
 もう一つの反応は「うちは金がない。日本に選手を送るのには多大な金がかかる。
応援できない」とはっきりした否定である。これは旧東欧に多い。ことあるごとにこ
うした国々が苦労して世界選手権に参加しているものを見ている身としては、もちろ
ん納得できる意見ではあるが。
 意外に大国の態度が煮えきらない。イギリスも「いずれも考慮に値する提案だ。じ
っくり考えたい」と言うし、97年に立候補を表明し、スウェーデンに決まることが
不利になるはずのデンマークも「前日の夜決める」と言う。ある選手の話によれば、
スウェーデンに投票せざるをえないが、本当は日本がなってくれるといいなと思って
いるとか。事あるごとにスウェーデンに反発するノルウェーも、当日のティーブレー
クで「意見が聞きたい」と連盟会長に詰問すると、「分かってくれ、北欧諸国は一緒
にやっていかなければならないのだ」という。政治の世界の奥深さをかいま見れて興
味深かった。また近隣諸国ということで当然賛成に回ってくれると連絡を取り合って
いた中国が、投票がある午後には観光に出かけてしまったのにもびっくりした。
 会議は8月4日の9時過ぎに始まった。開会後、開催地決定の投票にハンガリーを
含めるかどうかの投票が行われた。ハンガリーが締め切り時に出した書類には多くの
不備があり、正式な立候補としては却下されたのだが、そもそも立候補の書類送付が
遅かったことにハンガリーのアピールがあり、立候補を受け付けるかどうかの決定が
総会にゆだねられることになった。もしハンガリーが入れば東欧の票のいくつかはハ
ンガリーに流れるだろう。実際ルーマニアは明かにハンガリーを支持していた。票が
割れれば日本が有利になる(実は実際の投票は過半数を獲得するまで最下位を落とし
て繰り返される方式だったので、この認識は誤りだったのだが)。ここはハンガリー
の立候補受付に賛成票を投じる。この承認には2/3の票が必要なので、厳しいかな
と思っていたのだが、26/36で可決される。この投票の時、ニュージーランドの
アリスタはわざわざ日本の席にやってきて、「ここは賛成がいいんだな」と念を押し
てくれた。
 スプリント(パークO)の世界選手権を導入するかどうかで、午前中の議事は紛糾
した。PWTのヤノスラ・カクマルチェクがかつての世界チャンピオンでありミスタ
ーオリエンテーリングと称されるヨルゲン・モルテンソンをゲストスピーカーとして
呼ぶことを提案し、ヨルゲンはIOFの保守的な姿勢を批判するスピーチを行った。
総会乗っ取りにも等しい、理事会のピンチである。会長スーはこのピンチをなんとか
乗り切って会議は昼休みに入った。
 休み時に、何度か副会長のヒュー・カメロン(オーストラリア)がやってきて、「
投票の方法知っているか一度で決まらなければ、最下位を落として決戦だ」さらにそ
の後、「さっきのに一つ訂正がある。一度目で過半数を取れば決まりだ」。彼は昨日
の夜も「おい、知っているか、スウェーデンはWOC期間中の選手無料宿泊のバウチ
ャーを配っている。見せておこうか?気をつけてくれ」。受験生を試験場に送り出す
父親のように、彼はあれこれと気を遣ってくれた。
 2時から始まった会議は、今日のメイン・イベントを待ちかねるように議事が進行
し、いよいよ3時、3国のプレゼンテーションの時間となった。直前の休憩の時、香
港のベラがやってきて手を叩き合った。「さっき世界選手権でやるって決まったスプ
リントを万博の会場でやるって言っちゃえ」とマーセルが言ってました、と金井塚が
言ってきたので、それもつっこんだ。プレゼンテーションの順番はくじ引きで決定さ
れた。慎重な配慮に、IOF首脳がこの投票が微妙な結果になるものであると予測し
ていることがうかがわれた。
 日本は一番くじ。いよいよ本番という時に、パソコン接続のプロジェクターがうま
く作動しない。議場にじりじりとした空気が流れた。「もう時間を計りはじめている
の?」と、ジョーク気味に質問すると、スーがにこやかに「いいえ、まだよ」と応え
たあと、プロジェクターを再調整しようとしていたIOF委員のビョルン(スウェー
デン)が「時間を減らそうとしているのさ」とジョークを飛ばし、会場の緊張がほど
けた。しかし、これ以上待てないと判断し、プロジェクターなしではじめようとした
時、副会長のエドモンドが、「5分休憩しよう」と提案をしてくれた。「日本を支持
している」と言えない誰もが、日本を支持してくれていたのだ。
 そしてプレゼンテーション。僕が司会をし、まずJOA副会長である中島さんの挨
拶、そして万博協会の代表である春本さんが挨拶をした。与えられた時間は10分。
きっちり測るよ、と言われていた。ここまでで4分から4分半で、僕が後半の詳細な
話をする手はずになっていた。ところが中島さんが終わった時にすでに4分以上。う
わっ!という感じだった。春本さんが挨拶している間に、中島さんの内容とだぶった
ところを省いて、2分くらい縮まる修正をして話を始める。8分45秒位で通過しな
ければいけない部分を9分で通過。厳しいと思いながら少しづつ表現を縮めて対処す
る。9分40秒を過ぎて、全部はいい切れない/結論がスカスカな表現になるのは嫌
だという葛藤があったが、結論に入っていれば10秒くらいは見逃してもらえるだろ
うと判断し、少し早口にしゃべる。そして10分ちょうどの時点では、明かにもう1
センテンスで終わるという状態にできた。
 結果は10分12秒。まずは及第点であろう。英文をチェックしてくれてその長さ
が分かっていたJNTOのヘレウッド氏は、やきもきしていたようだが、終わって脇
を通る時、「ぴったり!どうしてできたの!?」と声をかけてくれた。反応は悪くな
かった。
 2番手のハンガリーのプレゼンテーションは誰がみても熱意に欠けており、いかに
も聴衆の箸休めという感じであった。コンセプトは悪くないのにもったいない。スウ
ェーデンのプレゼンテーションは流暢ではあったが、戦略的には明かに失敗であった
と思う。選手団への無料の宿泊を約束するバウチャー(もちろんシンボル的なもので
しかない)をひらひらさせ、スポーツに熱心なヴェステロースの市長が決定を待ちわ
びているので電話があったと、携帯を鳴らしてみたり、最後にピクルスを配ったり、
エンターテイメントではあったが、それ以上のものではなかった。もし、彼らが「多
くの選手をWOCに参加させることこそ真の発展の道であり五輪への近道」と、真っ
向から勝負してきたらとても勝ち目はなかっただろう。
 3国のプレゼンが終わり、さっそく投票に入る。もちろん日本は即座に書いたが、
総会のこの場でも迷っている連盟がある。隣のラトビア連盟会長もなかなか書こうと
しない。「日本には興味はある。でも遠いし、私たちの連盟の予算は年間7000ド
ルしかない。これで国内選手権も含めて何から何までやらなければならないのよ」と
言っていた彼女である。
 票が集められ立会人によって数えられる。たった37票を数えるのにこんなに時間
がかかるのかと思うほどの時間かかっている。隣にいた青木氏が、「おいおい随分一
つのところに集まっているな」と言っている。勝てるかもしれない。そう思った。一
つの国に地滑り的に票が集まるとしたら、それは日本以外にはありえない。
 投票結果を受け取ったスーが口を切った。「時間がかかったから、皆さんは何かが
起こったと思っていることでしょう。結果、スウェーデン9票、日本19票、ハンガ
リー9票。」手元の紙にはちゃんとこうメモしたのに、僕はこの数字を身ながら日本
が18票だと思い続けていた。ふーん、半数か、じゃあ決戦なのかと。後に続いたス
ーの「開催は日本に決定」という台詞を聞いても、「ふーん、過半数っていうのはち
ょうど半数も入るのかな」なんて、馬鹿なことを考えていた。だから、僕が日本が開
催国に決まったのだと意識できたのは、他の日本人が歓声を上げ、議場が拍手に包ま
れてからだった。もちろん真っ先に落合氏のところにいき、拍手をし、隣にいた金井
塚君と抱き合って喜びあった。招致チームの活動、とりわけこの一月の彼らの活動が
なければこの決定はなかっただろう。どんな1ステップ手を抜いただけでも日本が破
れていた可能性を、票数は示していた。
 決定の挨拶をした。「私たちは今喜びにあふれている。しかし、これは結婚式のよ
うなものだ。私たちはこの感動を胸に、これからの時にはハードな仕事をしていく。
そして5年後の素晴らしい大会を約束する」ヨーロッパ人にはこのように結婚生活を
揶揄する習慣がないのか、議場も感動に包まれていたのか、このジョークは全然受け
なかった。ともかくも招致した愛知にとっても、そして日本のオリエンテーリングに
とっても責任の重い5年間が始まった。
 夜のバンケットの時、さんざん迷っていたラトビア会長のジャネッタが感動の面持
ちでやってきた。「日本って、思ってるほど遠くないのよね。きっと。日本に行ける
ことを楽しみにしているわ。」彼女は迷った末日本に投票したに違いない。「昨日の
お寿司はおいしかったわ。リガ(ラトビアの首都)に寿司レストランがあるの。今度
そこにいくときにはきっとあなたのことを思い出すわ」。
 日本に投票したら、選手を送るのにどれほど苦労するかしれない。ひょっとすると
送れないかもしれない。そう思いながらも地滑り的に日本の提示する理念に共感して
しまった連盟は決してラトビアだけではないはずだ(今でも現役の選手である自分と
しては、こういう「無責任さ」には複雑な思いだが)。そういう連盟の参加を助け、
少しでも多くの選手を参加させることができてこそ、本当のWOCの成功はある。近
年spectator friendly(観客が見て面白い)media friendly(メディア受けする)オ
リエンテーリングへの変化が強調されているが、根底にはcompetitor friendliness
(参加者に志向した)がなければならない。これはハンガリーが主張するKeeping
 tradition and looking for the changeの思想でもある。その意味でこの投票に敗
者はいない。スウェーデンの主張もハンガリーの主張も日本のWOCに生き続けてい
くのだ。
 この5年間、ジャネッタと一緒にとった写真を机に飾っておこうと思う。WOC2
005の成功には、このような連盟の選手たちの参加が不可欠のものであることを、
その写真は思い出させてくれるだろう。
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全国のオリエンティアのみなさんへ
         愛知県オリエンテーリング協会
         世界選手権誘致委員会
         委員長   落合 公也
昨日オーストリアから帰国しました.
当地ライブニッツにて開催されておりました第20回IOFコング
レスで2005年の世界選手権の開催地が日本に決まりました.
この2年間の誘致活動においては多くのオリエンティア,クラブか
らご支援ご協力を頂きました.本当にありがとうございました.み
なさまから頂いた励ましがあって,大きな夢を獲得することができ
ました.
現地に入ってからのロビーイングでは,コスト高を危惧する国が少
なくなくて,投票への危機感をもちました.実際にもきわどい結果
です.一見すると1999と大差に見えますが,日本の票が1
票でもスウェーデンに流れていれば決選投票になって,また違った
結果であったかもしれません.
日本に投票してくれた国は,自国においてもオリエンテーリングが
マイナースポーツである国がほとんどです.そういう国だからこそ
国際的な普及が大変に重要であることを真剣に考えており,金銭的
な事情からたとえ2005年に出場できなくても,非ヨーロッパで
の開催は必要だと支持してくれました.
アジアで初のWOC開催が国際的な普及につながれば自国での普及
・スポンサー獲得にもつながると考えてくれました.
とても当たり前で,とても純粋です.ぼくは彼らの期待に応えた
い.そして多くの国が集えるWOCを開催したいと思いました.
今回の勝利はこれから5年間の準備の始まりです.世界選手権とも
なれば一県協会で手に負えるはずのものでもなくて,あらためて多
くの皆さんのご協力をお願いしたい所存です.どうか2005年世
界選手権に向けてあらためて力をお貸しください.日本をあげて成
功を果たす世界選手権が本当の国内での普及につながり,さらには
アジアの発展につながると思います.
まずは帰国にあたって,これまでに賜った多くのご協力,あたたか
いご声援に重ねてお礼申し上げます.本当にありがとうございまし
た.
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[from orienteering-ML 6832,6844,6846]