第8回ヨロンマラソン(1999/3/7)

第1回の時から行きたいと思つていた大会、第8回にしてはじめて参加してきました。

レースは3月7日(日)で琵琶湖や佐倉と同じ日でした。今回は、いろいろ手配するのが面倒だったので日本交通観光の金曜最終便発、月曜最終便着のツァーにしました。

金曜日はなんとかぎりぎりに仕事の区切りをつけて羽田に駆け込み。737-400という結構小さい飛行機で那覇に向いここで1泊。

土曜朝のフェリー「なみのうえ号」で与論に出発、途中大したゆれもなく12時30分頃に到着。

迎えの宿の車がなかなか見付からなかったが、直前の鹿児島からの飛竹機便が遅れたためとの事。結局、同宿4人で宿に向い、ひと休み。紅いもの揚げ菓子やパパイヤのつけものをごちそうになった後に大会受付に向かった。

そしてコースを車で案内してもらう。なかなかアップダウンがきつい。宿に戻って今度はグラスボート。途中で大雨になり早々と戻り、期待の百合が浜は見れず。ウェルカムパーティに出席。

そして、夕食時には午後の那覇からのフェリーで更に3人、沖永良部から1人で合計8人が同じ宿になった。3人は初マラソン。ずっと雨が降り続くが、明日の回復を期待して眠りにつく。

そして、日曜朝6時、まるで止んでいない。会場についてもダメ、スタート直前が最高潮でつながったコーンが道路を流れていきました。スタート時にはなんとか雨が止みました。まるでアップもしていないし、タイムもねらっていないので後ろのほうからスタートした。

コースはスタート地点から反時計まわりに島をほぼ1周し、そこで折り返してスタート地点まで戻るというもの。スタート付近を除けば、折り返しコースとなっている。ゴールは4時間をめざす。アップダウンがあっても中間で1時間55分程度ならOKだろうと考えた。

走りはじめると最初は町の中。島唯一の砂糖工場の横をとおり海岸線へでる。そしてPRICIAリゾートの入口から飛行場の囲りをぐるっと半周強。ここで再び雨が降りだす。8km付近の登り坂がきつい。その後も細かなアップダウンが続く。12km付近でハーフのトップとすれ違う。しばらくして同宿でただ1人のハーフ参加のYさんとすれ違う。ちょっと予定より遅い。中間点では1時間59分23秒。トイレに行ったので予定よりは遅くなっているが4時間は切れるつもりでいた。折り返してしばらくして同宿のAさん、Nさんとは手を振ってすれ違ったが他の人は良くわからなかった。宿のある百合ケ浜では、宿の人の応援がもらえて良かった。そしてしばらく行くと今度は晴れとなり夏の暑さがおそってきてきつかった。かわりにと言ってはなんだが、サンゴのある海が明るい青でとっても綺麗だった。ああいう海って見ているだけで幸せという気分になります。結局30km以後に歩きが入り4時間26分56秒の自己ワーストとなりましたが、ゴールでは写真をとっていそうなのでしっかり両腕を上げて走り込みました。これは正解で良い写真が1000円で手に入りました。

同宿の初マラソン3人も無事時間内にゴールして完走パーティを楽しみました。




RIKKIという演歌系らしくない名前

小学生たち

 

参加は全体で800人台だったようです。同宿8人中3人が初マラソンというのからわかるように初マラソンや女性の率が多い大会でした。

これでマラソンの完走は51回目です。ちなみに棄権は8回やっています。

では、レース以外のことを少々。

  • ああいう田舎の大会の応援って都会の応援と違って良いですね。なんであんなにのんびり、けれど一所懸命に応援できるのでしょう?鍋や空き缶や形にこだわらずに叩きならす、じいちゃんばあちゃん。時間に余裕がありますね。
     
  • 与論献奉(ケンポウ:文字は違うかも)という慣習。要は深酒の元なんですが、まずひとりが口上を述べて自分が飲み、となりの人から順番についで飲ませて、1周するととなりの人が今度は口上を述べる番になるという飲み方。飲むのは焼酎「有泉」度数は20度。完走パーティでは、直径40cmはあろうかという杯が出てきて希望者が飲むというものでした。ミスヨロンパナウルが注いでくれるというので思わず飲んでしまいました。本の底だけにしたつもりだったけれど大きい杯だと量が多いですね。参りました。そして、宿でも食後に皆でやったけれど、わたしを含めて男3人が翌日寝たときの記憶なしでした。
     
  • お墓
    コース見学の時に気づいたのですが、お墓に並んで木の小さい社のようなものが並んでいます。聞いてみると与論では土葬して、3~4年たつと掘り出して骨を納骨しなおすとの事。この納骨前の時に、その場所にこの社が置いてあるのだそうです。掘り起こしてみて、骨だけになっていないと埋めなおすとの事。今、死を拒絶するのでなく、受け入れる事が必要なのではないかと言われていますが、こういう社会を見ると生と死が滑らかにつながっていて、話題になっている移植も不要なのではと思えました。
     
  • おまけ
    与論には「ハブ」はいないそうです。

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